備忘録9

今週の目標”いいところを探す”

なぜ(Why)とどうやって(How)を常に。

難しいからやらないという発想が嫌いだ
ノーベル化学賞 下山様

ある人曰く
「気づく」ことが大事。
客観的というのは自分が持っている客観的なイメージで主観的に考えることである。
何かがレベルアップしていくと何かがレベルダウンしていく気がする。
→人間だから使わないと忘れてしまうと思います。

自己啓発をする理由
エントロピー増大の原理というように自然状態ではエネルギーは高い方から低い方へ流れていく。人間にもそれは適用する(当てはまる)のではないか。つまり、現状維持しようとするとそれ以上に低い方へいく。すなわち怠惰になってしまうのではないか。
だから常に自分にとってプラスとなるような心構えを持つ(自己啓発する)ことで怠惰を防ごうとした。

会社では理論よりもやる気の方が大事らしい。
自己テーマがあるらしい。卒研みたいな。自分でテーマを決めてプレゼンするらしい。

マンガ、シュートより
短所を直すより長所を伸ばせ(帝光学園、キャプテン岩上)

自分の長所は何だろう。今までの人生を振り返ってみると「続けることができる」、継続力ではないか?

野球にしてもそう、勉強にしてもそう、続けてきたから今がある。継続は力なりを地でいこう。

ただ、ここで勘違いしないでほしい。継続は手段であって目的ではない。目的と継続を両方兼ね備えると強いと思う。

「楽しい」と「楽」について、楽しいと楽を英語で調べてみるとまったく違う単語のニュアンスだった。でも俺はこの2つはものすごく近い、同じ意味ではないかと考える。もちろん違うということもわかる。矛盾しているけど、なにか本当にちょっとの違いのような気がする。楽しいという感情は楽から生まれるのではないか。例えば野球が楽しいというのは野球のプレーが楽だからではないのか?苦しいときに楽しいと思えないと思う。もしそれがありうるなら、苦しいときなりに楽しているからだと思う。
何においても最終的には「楽」というものを目指すといいのではないか?というのもおそらく人間はやはりしんどいことよりも楽なことの方を好むから。何もしない楽ではなくて、同じ量、同じ質のものを楽にできるようになるといい。楽だとやる気が出るし、もっとやろうと思える。苦しいものをがんばって無理やり楽しようとせずにやっていたらいつか必ずやめると思う。
しかし、最初から楽なことにろくなことがない。本当にいいことは最初苦しいものだと思う。そこから徐々にコツをつかんで楽になっていくのではないか。(すなわち楽しくなる)。だから最初は形だけでもがんばろう。

ある人曰く
授業中ではほとんど理解できていない。授業はノートを取っているだけ。
あとで自分で本を見て理解している。

自分が今、覚えていることは極端にいいことか、悪いことかの2つ。

つらいけどがんばってやって一回レベルの高いところを見るとそれを基準にする。その、おそらく人間の持っている機能を活かすと楽に、楽しくなると思う。理論というより感覚で。

心理学系の大学専攻のある人曰く
人間の脳がものを覚えるに当たって、重要となることは、
1.イメージ
2.繰り返し

1回では覚えられない。

自転車の合鍵を作りに行った。
鍵屋のおっちゃん曰く
開きにくくなったら穴に鉛筆の粉を吹き込むといい。
絶対に油をさしてはダメ。

茂木健一郎さんいわく
1日15分瞑想しろ。

ある人曰く
心理学では寝たら覚えるというのは単に疲れがとれただけ。

ある人は人ができててそうだったら、それを邪魔しようとするくせがある。
自分ができたら無関心になると感じた。

ウィキペディア 「時間」という項目を参照

時間とは物事の変化を認識するための概念である。芸術、哲学、自然科学、心理学などの重要なテーマとなっている。それぞれの分野で異なった理解のしかたがある。

哲学
アウグスティヌス
過去 現在 未来
記憶 直観 期待
時間は心の働きである。

カント
現象からの刺激
空間的 - 外官
時間的 - 内官
によって直観される。

仏教
現在指向
諸行無常:物事はすべて移ろい行くものであり、不変な存在などなく「すべての存在は極分化された一瞬のみに存在し、時間毎に消滅する」

・考察
 ・時間と意識の関係
 ・過去や未来は存在するか?
 ・変化するものが何一つなくても時間はあるか?
 ・時間の矢はなぜあるのか。

ベルクソン
時間は純粋持続である。時間は連続体である。

バシュラール
時間は瞬間の連続である。瞬間瞬間をより高く深く生きる事がよりよく時間を過ごす事となる。

大森荘蔵
人が過去を思い出すとき「過去の写し」を再現しているのだと考えがちなことに注目。
「写しとしての過去」は錯覚である。記憶=劣化コピー。
過去は「想起という校式」で振り返られる中にのみ存在する。

時間の速さ
・何かの回数を比較している。

ガリレオ・ガリレイ
常に一定の速さで過ぎる時間 → 振り子

場所により時間の流れる速さが異なる
仏教
外天の1日は人間界の50年にあたる

一般相対性理論
重力ポテンシャルがことなる場所では時間の流れる速さは異なる。

人が感じる主観的な速さ。
気分・年齢
音楽は寝るときなど安静時は速く聴こえる
音楽は運動など活動後は遅く聴こえる

時間の向き
過去 → 未来
「→」は時間の矢
不可逆である
振り子の運動などの学業では可逆性あり、(t→-tでもなりたつ)

時間非対称な法則 … 熱力学第二法則 → 時間の向きを決めている?
ある系は自由エネルギーの低い方へ変化する
エントロピー増大
時間反転対称な物理法則 → 熱力学第2法則(時間の矢)
「→」に疑問を持った。

時間への操作
時間進行の操作
速く、遅く、停止
ex)特定の場所や状況で時間の進行が異なる

時間進行の逆転

時間軸上の移動(タイムトラベル)

時間を隔てた観測
過去に起きたことや未来の可能性を知るのは、あくまでも現在の観測に基づいた推測によるものである。
未来の直接観測は予知や予言と呼ばれる。情報のみタイムトラベル。
タイムパラドックスを生む。未来観測出来たら。
→タイムトラベルに伴う矛盾や文化

連続体とよばれるものは小さく分解していけば結局離散的なもの(原子など)ではないか?

ということで時間も連続であるような気がするが、実は離散的なものであって単に人間が気づかない、必要がないから連続と感じるだけではないか?
しかも時間の最小間隔というものがあるらしく、プランク時間と呼ばれている

あくまで想像だが、死ぬ前、走馬灯のように映像が浮かんでくるというものがあるが、それはプランク時間を知覚、感覚として捉えれているのではないか?

人によって主観的な時間の長さ、速さは違うと言われるが、これは目の分解能と同じようにどれだけ小さく時間を感じ取れるか(センス)に関係すると思う。

疲れたなという考えが頭をよぎったとき、未来の事、もしくは別のことに視点を持ってくると少し回復する気がする。

チャンプ(ペット、犬)もいつか、死ぬねんな。そのいつかが近い気がする。
チャンプががいるのがあたりまえ、今は、でもいつかあたりまえじゃなくなる。人はあほやからそのことに気づかないと思う。
生きるって何やろ、人が生きる、生まれると書いて人生。チャンプは犬やけどチャンプの人生って何だろう。家で一人でみんなおらん時は寝てて、帰ってきたら吠えてエサと水、おしっこして下に敷いている新聞を取り換える。ほとんどこの繰り返し。
幸せか?

落ち着いて…

人生とは何か。人は生まれたらいつか必ず死ぬ。いつ死ぬかはわからん。
今、死んでも後悔無いかな?生きてるうちに何がしたい、何がしたくない。

目標、目的をもとう。紙に書いたものは実現するらしい。

今、自分のやっていることは後にも先にも今しかできないことだろうか?

ある人曰く
目標がない = 惰性(なんとなく)生きている

ある人曰く
流れをイメージしながらやるといい。

「依正不二」
自分と自分の周りを取り巻く環境は別のものではなく、一体であるということで、まわりにおきる出来事も、まわりにいる人間も全て自分の心の状態を映す影である。

ある人曰く
0よりマイナスの方がいい。それを取り返そうと思うから。

ひらめくためには日ごろ、勉強することが必要だと思う。

時間は「くれくれ」と言っているものにはくれず、どっちでもいいという人にはくれる…気がする。


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